増崎さんは1941(昭和16)年、福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校から慶応義塾大経済学部卒。福岡市内でライブハウスの経営やコンパニオン派遣の仕事をした後、1980年代中頃に夫婦で来タイ、日本人向けクラブの事業に乗り出します。

 当時はバブル絶頂。日本人の駐在員社会では、湯水のように接待費が使われる時代でした。そんな中、増崎さんはシーロムとスリウォンの間のタニヤ通りにあった雑居ビルの1フロアを借り、最初のクラブを構えます。
 同時に、火災現場となったサイアム・ペントハウス909号室を借りて、正式に新生活をスタートさせたのでした。

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